カテゴリ /甲州文庫
請求記号 甲096.3-121-12
書名
山梨県生糸商有志者盟約加入人名追加
ヤマナシケンキイトシヨウユウシシヤメイヤクカニユウジンメイツイカ
著者名
生糸商有志者同盟/作
出版地 出版地不明
出版者 生糸商有志者同盟/キイトシヨウユウシシ
出版年 明治 14年
1881年
形態 形態1:竪 形態2:活版 大きさ:18 枚数:2チョウ
注記 解説: 明治14年(1881)、横浜の生糸売込商や地方荷主らが、商取引の際の外国商人の不正・横暴に対抗するため、横浜連合生糸荷預所を組織した。「商権回復」をスローガンとしたこの組織の活動は全国に影響を及ぼした。山梨県でも、生糸商・製糸業者45人が山梨生糸商有志者同盟を結成した。その後49人が盟約に加わって、併せて94人となった。県内4カ所に検問所を設け、検印のない生糸荷の県外への持ち出しを禁止した。
内容紹介 詳細解説: 明治14年(1881)、横浜の生糸売込商や地方荷主らが、商取引の際の外国商人の不正・横暴に対抗するため、横浜連合生糸荷預所を組織した。「商権回復」をスローガンとしたこの組織の活動は全国に影響を及ぼした。 山梨県では全国に先駆けてこれに応じ、10月生糸商・製糸業者45人が山梨生糸商有志者同盟を結成した。その後49人が盟約に加わって、併せて94人となった。県内有力製糸業者のほとんどが名を連ねたこの同盟では、県内4カ所に検問所を設け、検印のない生糸荷の県外への持ち出しを禁止した。 かつて県営勧業製糸場を指導した名取雅樹は、私営の名取製糸場を外国資本の融資で設立していて、盟約には加われなかった。さらに生糸荷物を直接アッシュ・ロドヴィック商会に送ろうとして上野原検問所で摘発され、県内の生糸業者からボイコットされることとなった。それによって製糸場の経営が傾き、名取雅樹は京都へ移住した。
キーワード 人名録,名取雅樹,生糸,生糸商,生糸商有志者盟約,連合生糸荷預所事件
資料番号 0400176012
甲州文庫区分 古文書
本資料のURL

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