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カテゴリ
/甲州文庫
請求記号
甲096.8-71
書名
柳町駅大助郷一件書類
ヤナギマチエキダイスケゴウイツケンシヨルイ
著者名
板垣村ほか拾六ケ村/作,惣代治右衛門/作,惣代庄五郎/作,惣代忠右衛門/作
出版地
板垣村(山梨県)
出版者
板垣村ほか拾/イタガキムラホカシ
出版年
慶応 4年
1868年
形態
形態1:竪 形態2:原 大きさ:25 枚数:50チヨウ
注記
解説:この史料は、慶応4年(1868)から明治2年(1869)にかかる甲府柳町宿の大助郷(だいすけごう)に関する一件書類である。助郷とは、宿駅(しゅくえき)で不足する人馬を出す郷村(ごうそん・村々の連合)をいうが、助人馬を出す夫役(ぶえき)をも指す。大助郷は、臨時の大量の通行を助けるため、遠距離にある村があてられていた。
内容紹介
詳細解説:柳町は、甲州道中の府中の宿で、秩父・駿河・相模への脇往還の起点でもあった。柳町宿の伝馬の負担は、土手内8町と呼ばれた柳町・連雀町・穴山町・八日町・魚町・近習町・三日町・伊勢町の8町を四組に割って勤めてきたが、寛永13年(1636)、柳町が馬数50疋にて請負い、それを超える分は残り7町で助馬をする、いわゆる定助郷である。ところで、甲州道中の宿場の人馬数の規則は、25人・25疋であったが、享保12年 (1727)の大火で類焼したため、50疋の拝借を願い出たが定めの通り25疋に減らされた。また、柳町宿をとりまく助郷体制は、交通量の増加により定助郷7町の他に城下の32町と在方(農村)16ヵ村が大助郷とされ、さらに29ヵ村が大大助郷とされた。幕末の慶応4年(1868)の本史料の「柳町大助郷一件書類」は、定助郷7町が大助郷村々に定助郷を負担させようとしたが、大助郷村々の訴訟根拠となった史料である。
キーワード
甲府市,巨摩郡,板垣村,甲府代官所,助郷,柳町駅,山梨郡,運送,柳町宿,慶応4年,交通,甲府御役所,訴訟,明治2年,宿駅,道中奉行,大助郷
資料番号
0400185872
甲州文庫区分
古文書
本資料のURL
/da/detail?tilcod=0000000021-YMNS0121586
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高精細
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