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カテゴリ
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/甲州文庫
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請求記号
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甲096.8-114-6
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書名
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河原部新規河岸取建故障歎願書
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カワラベシンキカシトリタテコシヨウタンガンシヨ
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著者名
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福田八郎右衛門/作,松平河内守/ほか作,高山又蔵/作,鰍沢組/作
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出版地
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鰍沢村(山梨県)
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出版者
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鰍沢組/カジカザワクミ
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出版年
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弘化
5年
1848年
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形態
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形態1:竪 形態2:原 大きさ:29 枚数:8チヨウ
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注記
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解説:河原部村(かわらべむら、現・韮崎市)に舟運(しゅううん)の港をつくる計画が何回か立てられる。この計画に反対した鰍沢村(現・鰍沢町)の代表者たちは、撤回を求めて陳情してまわった。これは、その時の嘆願書の控である。
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内容紹介
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詳細解説:富士川は最上川(山形県)・球麿川(熊本県)と並ぶ日本3大急流の1つとして知られる。慶長17年(1612)に角倉了以(すみくらのりょうい)の開削(かいさく)によって舟運がはじまり鰍沢・青柳・黒沢の3つの河岸が設けられた。これにより物資の輸送及び交通路として重要な役割を果した。河原部村は、これら3河岸より上流に位置し村の繁栄のため天保年間から河岸の建設を画策することになる。これに対し、新規河岸の建設は既存の河岸にとって大きな影響を与えることから反対運動がおこる。特に、強硬に反対したのが鰍沢であった。この嘉永元年(1848)の控の古文書にも記述されているが、当時の鰍沢は、家数717軒、人別(人口)3,200人余りとあり繁盛していた様子がわかる。新規河岸の建設によって「一村潰候外無之(いっそんつぶれそうろうほかこれなし)」とある。多大な危機感は、末尾に書き加えられた訴え先の多さからも推測できる。
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キーワード
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鰍沢町,鰍沢村,鰍沢,富士川,運送,運輸,嘉永元年,交通,舟運,水運,河岸,歎願書,土木
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資料番号
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0400187498
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甲州文庫区分
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古文書
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