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カテゴリ
/甲州文庫
請求記号
甲096.8-233
書名
拝借金願書
ハイシヤクキンガンシヨ
著者名
問屋太郎兵衛/作,台ケ原宿/作,問屋惣右衛門/作
出版地
台ケ原宿(山梨県)
出版者
台ケ原宿/ダイガハラシユク
出版年
天明 3年
1783年
形態
形態1:状 形態2:原 大きさ:33 265 枚数:1ツウ
注記
解説:この史料は、天明3年(1783)に台ヶ原(だいがはら)と教来石(きょうらいし)の両宿駅から道中奉行にあてたものである。この両宿は、大名や御用の通行が比較的少なかったので落ち着いていたが、明和年間(1764~71)頃から、御用の通行や諸家の往来が増え、さらに天明3年(1783)浅間山の噴火もあり、通行量も増加し宿駅の経営が困難となったため、人馬賃銭の割増と借金のお願いをしている。
内容紹介
詳細解説:本史料は、釜無川の上流に沿って位置し、また、信州諏訪郡への国境に近い台ヶ原宿と教来石宿の両宿が、宿の困窮のため当局に助成を願った文書である。天明3年(1783)の本史料によると、この両宿を通行する大名は、信州諏訪・高遠・飯田の三大名とその家中の者の通行で、そのほかは稀であった。そこで宿民は、4月から8月は主として耕作に従事してとあるから、両宿の性格は村方が主で宿方は従であったようだ。ところが、天明の少し前の明和年中(1764~71)から、中国・四国筋への御用の通行や諸家の往来が増え、さらに天明3年の関東・東北の大飢饉の原因となった浅間山の噴火により、中山道の通行が困難となり、甲州道中の利用が多くなった。この貨客の増加傾向に対して、台ヶ原宿などは宿駅としての整備を迫られたであろうと思われる。通行量の増加によって宿費用がかさみ、ことに両宿は釜無川に沿った悪路であったため、一駄の荷を馬二疋・三疋で継立てなければならず、宿費用の増加を賄うためには、宿助成として賃銭の割増と拝借金を願い出るようになったと思われる。
キーワード
白州町,巨摩郡,台ケ原宿,教来石宿,甲州道中,浅間山噴火,街道,交通,拝借金,宿駅,台ヶ原宿,天明3年
資料番号
0400189767
甲州文庫区分
古文書
本資料のURL
/da/detail?tilcod=0000000021-YMNS0121631
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