カテゴリ /甲州文庫
請求記号 甲096.8-235
書名
穴山橋流失に付歎願書
アナヤマバシリユウシツニツキタンガンシヨ
著者名
台ケ原宿/ほか作
出版地 台ケ原宿(山梨県)
出版者 台ケ原宿/ダイガハラシユク
形態 形態1:状 形態2:原 大きさ:28 207 枚数:1ツウ
注記 解説:この史料は、釜無川の出水によって、台ヶ原宿と韮崎宿間にかけられた穴山橋が、しばしば流されたことに関し、台ヶ原・韮崎・教来石(きょうらいし)の3宿が出した嘆願書である。この内容は、工事の仕様や橋の管理及び橋のかけかえが困難な場合の渡船の許可などである。
内容紹介 詳細解説:本史料は、甲州道中の台ヶ原宿と韮崎宿間に架した穴山橋が、釜無川の出水によってしばしば流されたことに関して、台ヶ原宿・韮崎宿・教来石宿の3宿が出した嘆願書である。たものである。これによると、工事の仕様や橋の管理を具体的に示し、また、橋が度々流され掛け替えが困難な場合は、先例にあるように渡船を許可してもらえば、御用の通行や継立てができるとしている。ところで、甲府から信州諏訪方面に至る古道には、逸見路と原路とがある。逸見路は穂坂路を三之蔵で分れて塩川を渡り、駒井・中条・穴山を経て日野原に出て、花水坂を下って台ヶ原に至った。原路はおおむね現在の主要地方道茅野・小淵沢・韮崎線に相当している。江戸幕府は、甲州道中を開設するに当たり、釜無川に沿って新道を建設して本街道とした。いわゆる西河路であり、この路線は史料にもあるように、水害を受けやすかったため、宝歴年間(1751~64)に継立方をめぐって宿駅間の出入(でいり、トラブルのこと)が起こった結果、西河路が水害で不通の場合は台ヶ原宿からは渋沢へ継ぎ、教来石宿からは小淵沢へ継ぐという幕府の裁許で解決した。逸見路も原路も、甲州道中の補完的機能を後々まで受け持っていた。
キーワード 白州町,韮崎宿,穴山村,台ケ原宿,教来石村,甲州道中,穴山橋,橋,交通,宿駅,橋梁,土木建築
資料番号 0400189783
甲州文庫区分 古文書
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