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カテゴリ
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/甲州文庫
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請求記号
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甲096.8-240
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書名
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穴山花水両橋普請の儀仰渡しに付請証文
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アナヤマハナミズリヨウハシフシンノギオオセワタシニツキウケシ
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著者名
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渋沢村/ほか作,名主幸右衛門/作,長百姓五郎右衛門/作,長百姓文蔵/作
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出版地
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渋沢村(山梨県)
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出版者
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渋沢村/シブサワムラ
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出版年
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明和
6年
1769年
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形態
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形態1:状 形態2:原 大きさ:26 512 枚数:1ツウ
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注記
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解説:この史料は、渋沢村他村々から明和6年(1769)に道中奉行に出された文書である。た甲州道中の穴山橋や台ヶ原宿脇街道の花水橋は、度々流失の憂き目にあった。この史料には、水害時の宿継ぎや、橋のかけかえの仕様などがみえる。
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内容紹介
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詳細解説:江戸幕府は、甲州道中を開設するに当たり、釜無川に沿って新道を建設して本街道とした。いわゆる西河路である。この路線は、水害を受けやすかったため、古道として利用されていた山道の原路がその代用とされた。原路は、今の主要地方道茅野・小淵沢・韮崎線に相当し、韮崎、新府、日野原で逸見路と出会ったのち、渋沢(現・長坂町)から小淵沢を経て蔦木に至った。ところが、甲州道中の台ヶ原宿と韮崎宿間に架した穴山橋ばかりか、花水橋も粗末な作り方ゆえ流されてしまった。本史料は、本街道の穴山橋の流失によって原路を経由して継ぎ立てを行う場合の裁許証文であり、迂回によって原路にある渋沢村にかかる負担を軽減するため、台ヶ原宿・教来石宿の対応の内容を知ることができる。本街道が水害に弱かったことは史料の通りだが、そのため迂回による継ぎ立て方法に各宿間の利害が出たので、幕府は、本史料が書かれた少し前の宝歴年間(1751~64)に裁定を出した。それによると台ヶ原宿からは渋沢へ継ぎ、教来石宿からは小淵沢へ継ぐという幕府の裁許で解決したことが『甲斐国志』にみえる。
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キーワード
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水害,長坂町,韮崎宿,渋沢村,釜無川,運送,甲州道中,穴山橋,花水橋,橋,交通,明和6年,宿駅,台ヶ原宿,土木工事,橋梁工事
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資料番号
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0400189833
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甲州文庫区分
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古文書
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