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カテゴリ
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/甲州文庫
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請求記号
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甲096.8-403-13
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書名
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政衙御用の者止宿引請願
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セイガゴヨウノモノシシユクヒキウケネガイ
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著者名
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出版地
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甲府
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出版者
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脇本陣幸三郎/ワキホンジンコウサ
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出版年
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明治
3年
1870年
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形態
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形態1:竪 形態2:原 大きさ:28 枚数:3チヨウ
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注記
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解説:この史料は、甲府柳町の脇本陣から甲府政衙(役所)にあてた願書である。明治維新後、宿泊等の旅人が少なくなり、経営が苦しくなったため、甲府役所へ来る者などに利用させたい旨の願いとなっている。問屋とともに、様々な特権を与えられていた本陣(大名や身分の高い人が利用した格式のある宿)や脇本陣の苦悩が読取れる史料である。
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内容紹介
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詳細解説:徳川15代将軍慶喜は、薩摩・長州の挑発に幕臣を懸命に抑えたが、薩・長の謀略に激昂した幕臣たちは、京都の鳥羽・伏見で遂に薩・長と戦端を開いて敗北した。これにより大多数の諸藩は薩長につき、ここに徳川幕府は滅びた。この混乱は、各街道の宿場にとっても、宿駅制度の存続が危機であることを意味していたが、鳥羽・伏見の硝煙の中から、産声をあげた維新政府は、飯盛女の公認などで、一時的に宿場の安定化につとめたのでやや落着きをとりもどした。しかし、明治5年(1872)9月1日、各宿場に陸運会社を設立させて宿駅(伝馬)制を廃止した。本史料は、このような混乱する時代の中で、問屋とともに宿場の特権を否定されようとしていた本陣(大名などが宿泊する格式の高い宿)や脇本陣の苦悩に満ちた姿を示す史料である。脇本陣は前から経営的に余裕がなく、安政年間(1854~59)には商人荷物の継立を出願しており、実際もその継立に関係していたと思われる。また、本史料の願出の直後の明治3年11月、増山町に新遊廓の設置が決まると、脇本陣の当主幸三郎は新遊廓の移転に中心となって奔走し、自身もそこで遊廓を営業した。
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キーワード
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柳町,柳町駅,脇本陣,柳町宿,願書,甲府御役所,本陣,明治3年,許可願
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資料番号
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0400194734
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甲州文庫区分
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古文書
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