カテゴリ /甲州文庫
請求記号 甲090-イン-10
書名
蚕種製造人世話役小川与右衛門印
サンシユセイゾウニンセワヤクオガワヨエモンイン
出版者 出版者不明
形態 形態1:その他 形態2:原 大きさ: 枚数:1コ
注記 解説: 蚕種輸出が拡大すると、蚕種製造人の中には粗製乱造品を出荷する者が現れ、外商の不評を買う結果を招いた。そこで政府は蚕種製造取締りを目的に、主要養蚕地に検査所を設け、世話役を置いて検査に当たらせた。この印は当時世話役だった山梨郡熊野堂村(現在の春日居町)の小川与右衛門の印で、検印などに使われていたようである。
内容紹介 詳細解説: 明治初年、欧州の養蚕国が微粒子病で大打撃を受けたことを機に国内蚕種の需要が高まり爆発的な蚕種輸出が拡大した。しかし、全国の蚕種製造人の中には儲けを狙おうと、悪種や似せ種を売り込む者が現れ始めた。たとえば、夏蚕種の卵面を青く染めて春蚕種に見せかけたり、また夏蚕種の発生を止めるために卵面に火のしをかけたり、ひどい例になると菜種をのりで貼りつけたものを蚕種と偽って売り込むなどの不正を行った。これはたちまち外商の不評を買う結果になった。そこで政府は、蚕種粗製乱造を取り締まろうと全国主要養蚕地に大総代を設けた。山梨県では明治6年に若尾逸平と村田八郎衛の二人がこれに公選され、同時に検査区域を万力・栗原・大石和・小石和・三中・桂・巨西の七組合に分けて蚕種の検査を行った。各組合には1名から数名の世話役を置き、山梨郡熊野堂村の小川与右衛門もその一人に選ばれた。しかしこうした政府や県の躍起の乱造防止も効果はなく、蚕種への不信は増大する一方であった。また明治7年頃から欧州の微粒子病も下火となったので、輸出蚕種の需要はぐんと減り、生産も乱造蚕種も含めて相変わらず盛んだったために供給過剰となり、蚕種商人、蚕種製造業者への打撃はひどく
キーワード 蚕種,春日居町,山梨郡,印鑑,熊野堂村,印章,蚕種製造,小川与右衛門,万力筋
資料番号 0400204137
甲州文庫区分 器具類
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