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カテゴリ
/甲州文庫
請求記号
甲090-ニシ-58
書名
甲州猿橋遠景
コウシユウサルハシノエンケイ
著者名
安藤徳兵衛/画
出版者
小林鉄次郎/コバヤシテツジロ
出版年
明治 13年
1880年
形態
形態1:錦絵 形態2:原 大きさ:36 25 枚数:3マイグミ
注記
解説:この錦絵は、「甲州猿橋の遠景」と標題がついているが、明治天皇が明治13年(1880)に山梨へ巡幸されたときの猿橋付近を通過しているときの様子である。明治も10年代半にいたり、文明開化が進むなかで人々は徳川時代と同じように土下座で、この行幸の過ぎるのを見守っている。
内容紹介
詳細解説:この錦絵は、「甲州猿橋の遠景」と標題がついているが、明治天皇が明治13年(1880)に山梨・長野・三重・京都へ巡幸されたとき、猿橋付近を通過されている模様を描いている。明治も10年代半にいたり、文明開化が進むなかで人々は徳川時代と同じように土下座で、この行幸の過ぎるのを見守っている。明治天皇は、その在位の前半に6回の行幸を行っている。その時期は地租改正などに反対した農民一揆、政府の近代化政策で特権を剥奪された士族の反乱、基本的人権を要求した自由民権運動と、反政府運動が激化したときであった。政府は「富国強兵」「殖産興業」を旗印として、その実現に全精力を注いでいた。天皇の巡幸は、この国家目標を達成するための民心の慰撫と産業奨励の意味、特に地方の有力者を政府陣営に引寄せようとする政治的戦略を持っていた。明治13年6月16日、国会開設の要求の高まる中、山梨県から三重県、京都府におよんだ行幸は、秩父宮をはじめ大政大臣三条実美など政府高官と約400人の随伴の大行列であった。県令藤村紫朗等の出迎えるなかを19日甲府に着き、3日間滞在して県下の有力者と謁見した。
キーワード
錦絵,猿橋,明治天皇,行幸,巡幸
資料番号
0400214375
甲州文庫区分
軸物・錦絵
本資料のURL
/da/detail?tilcod=0000000021-YMNS0121788
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